“夜行バスとかから知らない街を眺めた時の『ここに何千の家庭があって、全員それぞれの人生があって、全員俺とは縁ないまま生きていくんだよなぁ。同じ日本に住んでるのに。』と妙に悲しいゾワゾワした感情湧いてくるのが旅行の一番の楽しみかもしれない。”
— Twitter / onshanow (via katoyuu)
かかる事な言ひそ
夜行列車で偶然合部屋になった日本人の旅行者と沢山話したんだけど、その中で「外国の、特に欧州の人が日本人に親切なのは『遠路遥々良く来たね』って優しくするんじゃなくて『日本人はとても気弱で弱い人種だから優しくしてあげないと死ぬ』って認識だからだよ」って言葉がじわじわきてる
“これから日本は黄昏の時代に入る。
世界有数の経済大国の地位は保てない。
春に徹夜で花見の場所取りして酒飲んで浮かれることなどもう無い。
葉桜の頃、河原で卵焼き弁当330円をほお張る。
口一杯に広がる卵の風味を楽しみ、冷たいお茶をゴクゴク飲む。 風が気持ちイイ。
夏休みはディズニーランドとか欧州旅行とかもう無理。
高校野球ラジオで聞きながら、井戸で冷やしたきゅうりトマトに塩振ってガブガブ。
塩おにぎり食ってヤカンの麦茶飲んで、自転車に乗ってオニヤンマでも獲りに逝け。
ビールとかもうあきらめろ。
強い日差しと抜けるように青い空の下、白い道端で冷たいラムネでもゴクゴク飲むんだな。
秋はドライブで紅葉を楽しむなんてもう無理。
たんぼの籾殻の上でデーンとひっくり返って昼寝するくらいしか楽しみは無い。
産業の衰退で空気はきれいだろうな。
空の深い所、どこまでもアキアカネが飛んでいるだろう。ぼんやり見ている内、
引き込まれるように眠ることだろうな。
夕方、肌寒くなったら「スゴイ夕焼けだなぁ」とか思いながらおうち帰れ。
冬は寒くて燃料代も乏しくておこたから出られないぞ。
クリスマスもバレンタインもなしでおこた入りっぱで生活するしかない。
お金ないしなんにもできない。
みかん食って猫の肉球でも押しながら春をマテ。
そんな衰退した国になるんだろう。
ああ、残念だ。こんなに苦しんで国を支えてきたのに、こんな黄昏の
時代を過ごすことになるとはな。
ああ、早く衰退しないかなぁ。”
- 2chコピペ保存道場 - これから日本は黄昏の時代に入る (via darylfranz)
日本人は特にだと思うのですが、集まると下品になるんですよ。慰安旅行に行って50人ぐらいで同じ浴衣着ると、もう“ゴミ”みたいな奴になるでしょ(笑)。
祭りで同じ半被着たり、学園祭で同じスタジャン着たりすると、思考能力が2割ぐらい落ちるような気がするじゃないですか。ある制服を着て、ある集まりの中にいると、頭を使わなくなってしまう。これを昔の言葉で「群集」というのですが、現在のネットは「群集」を生成する装置になっていると思います。
1対1で普通に話せば、非常にまともで常識的な人間であっても、ネットの中で発言すると、わりとろくでもない奴になっている
“夜行バスとかから知らない街を眺めた時の『ここに何千の家庭があって、全員それぞれの人生があって、全員俺とは縁ないまま生きていくんだよなぁ。同じ日本に住んでるのに。』と妙に悲しいゾワゾワした感情湧いてくるのが旅行の一番の楽しみかもしれない。”
— Twitter / onshanow (via katoyuu)
“浮気もしないで自分の恋人が最高だと思ってる人がいても何か問題あるだろうか”
— 東浩紀「今の若者は、留学どころか海外旅行にも行かず、自宅でネットして「日本最高」と言っているだけ:哲学ニュースnwk (via sqiz)
“「女性ひとりで王将に入ると笑われる」という話題を見たのですが、私は毎晩のように残業帰りに松屋でひとり瓶ビールを飲んでるのを会社の人に見つかり、陰で「松屋」というアダ名をつけられていたため、その背景を知らない新入社員の男性に「松屋さん」と呼ばれ苗字だと思われていた経験があります。”
日本国内での記録的な米の不作により発生してしまった「タイ米騒動」から10年以上が経ったが、未だにタイ米を「美味しくないコメ」と思っている日本人が多いのではないだろうか?そして、昨今の焼酎ブーム。沖縄特産「泡盛」の原材料の多くはその「タイ米」である事実を一体どれだけの日本人が知っているのであろうか?
「タイ米騒動」当時、タイ米に適した炊き方や食べ方が一切紹介されず、タイ米を日本米の代替品として食べた日本人が、タイ米の本来の美味しさを知ることがなかったのは当然であろう。ただ、その一部の日本人がタイ米の本来の味を知らぬままにタイ米をけなしたことは、甚だ不本意なことであり、日本人と同じ“コメ食文化”のタイ人にとっては、「マイペンライ」では済まされない事態であった。日本人が自国の米に誇りを持っているように、タイ人もまた同様である。それを誤った認識のもとにけなされてしまったのだから、タイ人としては納得のできないことであっただろう。同じ“コメ食文化”人として、互いの米文化に尊敬の念をいだけることをタイ・バンコク在住の一日本人として心から願うばかりである。
それではここでタイ米の正しい炊き方、美味しい食べ方を紹介したいと思う。
伝統的なタイ米の炊き方に「湯とり法」という方法がある。日本米とは炊き方が全く異なるので、参考までに…
1. 鍋にサッと洗った米と大量の水を入れて
蓋をして一気に煮立てる。
2. 煮立ったら、蓋を取ってしゃもじでかき混ぜ、
軽く芯が残っている
“アルデンテ”状態になったら、
湯を捨てる。
3. 鍋に再び蓋をして、
弱火にかけて数分蒸す。
タイ米の特徴は、米の粘りが少なく、“パラパラ”していることだ。タイ米は、水分の浸透性に長けており、また粒離れも良く、スープなどと合わせても形がくずれにくい。タイでは米をスプーンで食べるのが普通であり、箸では食べることはまず無い。つまりタイ米はタイの炒飯やカレーなどのタイ料理には勿論、日本料理であれば雑炊、西洋料理であればバターライスなどを作る際にも適した米なのである。
日本米には日本米ならではの、タイ米にはタイ米ならではの魅力、特性がある。お互いの特性を知り料理によって使い分けることで、より美味しい米料理を楽しむことができるのではないだろうか。
僕の友達や知り合いの男性外国人の中で、日本語ネイティブでないが日本語を上手に話すことができる人は、日本語を話すときに女言葉をしゃべる人間がかなり多い。「ちょっと、それイヤよ」とか、「ねえ、一緒にいきましょ」とか、妙におネエが入っている。反対に、女性外国人は圧倒的に男言葉をしゃべる。「めし、くった?」とか、「それは、だめだな」とか。
この理由は、彼の奥さんや彼女が日本人だったり、彼女の旦那や彼氏が日本人だったりするからだ。とても近い関係にある人が日本語ネイティブだと、日本語がとても上達するのだけれど、言葉遣いが異性言葉になってしまうのだ。
これ、分かる。以前仕事で一緒になったマッチョなお髭の若者(ほぼ日本語話せない状態で来日)は私のせいで「まあ!」とか「そーなんだぁ」と言う様になった。その節はすみません。恋人でもないのに。
例をひとつあげますと、フィッツジェラルドの某長編小説の旧訳に「フランス大旅行団」という言葉が出てきました。目の前を「フランス大旅行団」が通り過ぎていく。僕はこの「フランス大旅行団」が何のことだかわからなくて原文をあたってみたのですが、なんとこれが「Tour de France」なんですね。
以前、鴻上尚史さんが、「SPA!」で紹介されていた、「全国高等学校演劇大会」最優秀作品『修学旅行』(青森中央高等学校)のあらすじ(以下は鴻上さんの文章です)
青森の高校生が沖縄に修学旅行に行って、戦争の傷跡をたくさん見ます。
物語の舞台は、旅館の一室。就寝前の5人の女子生徒がメインです。
彼女達は、「戦争って悲惨だよねー」「人って、なんで争うのかなー」と話すのですが、班としてのまとまりはありません。「みんなで盛り上がろう!」という班長の提案で、好きな男の子の名前を紙に書くことにします。修学旅行の夜は、そうやって盛り上がるのが正しいんだっ!と、班長は言うのです。
みんなは渋々従い、誰が書いたかバレないように左手で、クラスの中でいいと思っている男子生徒の名前を書きます。と、みんな、カイト君が好きだと書いてしまったのです。部屋の雰囲気は険悪になり、それじゃあ、カイト君を呼んで誰が好きなのか聞こうという話になります。やってきたカイト君は、きわめて意味深に、班長が好きだと言うのです。
それまで、バラバラはバラバラなりに、ふとんを並べて寝ようとしていたメンバーは、それぞれ、部屋の四隅にふとんを移動させ、「ここからが私の領土!入ってきたら許さないからね!」と叫ぶのです。
「人って、なんで争うのかなー」と言っていた生徒達が、真剣に争っているのです。
「平和教育」というのがあるとすれば、この作品は、見事な平和教育です。観念的に戦争を理解するのではなく、具体的に「争うこと」「憎むこと」を教えてくれるのです。それも、高校生が、見事な演技で、です。
